半年経った今でも鮮明に覚えている披露宴。やはり注目の的となったのは、お色直しで着たキモノドレスでした。 式場のスタッフも「とても素敵なドレスですね!」「実物は初めて見ました」などと誉めてくれ担当以外の方たちも、そして 控え室で隣になった他の花嫁さんもキモノドレス(と私?(笑))に見とれていました。

そして入場。大きな拍手と歓声とに包まれ、夫と思わずニッコリ。「やっぱりキモノドレスにしてよかったね」と小声で話しながらの入場でした。
中でも、私がうれしかったのは上司(町長という仕事柄、年に何回も、多い年は10回以上披露宴に招待されています)が 「俺、こんなドレスは初めて見たよ。素晴らしいな」と誉めてくれたこと。

別の上司は帰宅後に「真弓ちゃん、こういうドレスでキレイだったぞ」と奥様に報告してくれたこと(奥様と私の母が懇意にしているので後から聞きました。その上司は今まで結婚式に呼ばれても、ドレスのことなんて一言も言ったことがないそうです)。

「新郎新婦が主役よ!!」というのではなく、ゲストに楽しんでもらいたい、おいしい料理をたくさん食べていってほしい、軽井沢を楽しんでいってほしい等の気持ちを念頭において、開始時間を夕方にしたり、余興をなくしたり、たくさんのサプライズ演出を行ったりした私たちですが、キモノドレスに関しては妥協しなくてよかったと思いますし、その入場の時には「私たち、主役?(照)」と、なんだか誇らしいような、照れくさいような、でも幸せな気持ちでいっぱいになりました。

もちろん両家両親を含めたゲストの温かい祝福あってのことなのですが、キモノドレスを着ることができて、本当に良かったと思います。

私たちがキモノドレスを選んだのは、もちろん素敵なドレスに一目ぼれしたこと、自分たちがゲストの印象に残ると思ったこともあるのですが、もう一つ大きな理由がありました。
それは、2人の交際期間7年のうち、半分以上の4年間を京都で学生として過ごし、京都が思い出の地であることをアピールしたい、大好きな京都を連想できるものを取り入れたい、ということでした。京都という街は、いい意味で古いものと新しいものとが調和しており、私の目には、キモノドレスはまさにその象徴のように映ったのです。

会場の料理は、当日着席してから、ゲストそれぞれが日本料理かフランス料理をメニューから選択して食べるというスタイルでしたので、それもピッタリだと思いました。

 

新郎から新婦へ ピアノ演奏のサプライズ
これが正直、本当に過去最高サプライズでした。キモノドレスにお色直しし、再入場。
先述のとおり、歓声というかどよめきというか、とにかくゲストから感嘆のオーラが感じられる中、新郎新婦席に向かい・・・さっきまでなかったピアノがそこにあり、新郎がピアノに向かってトコトコ。おもむろにピアノを弾き始めたのです!!しかもそれは、再入場でかかっていた久石譲の『summer』。挙式は秋だったけれど、二人が大好きな、きっと多くの人が聞いたことのある曲なので選んだものでした。

彼が大学生のとき、ピアノ教室に通っていたことも、その後も独学でピアノの練習をしていたことも知っていましたが、人前(もちろん私の前でも)で弾いたことはなくただただ驚いてしまいました。そして、結婚式や新居の準備、慣れない仕事(運転士になって独り立ちしたばかり)で大変な中、私に内緒で練習してくれていたことに感動し、涙があふれ、呆然としてしまいました。

私だけでなくゲストも驚き、感動し、後日「素敵なドレス(キモノドレス)の新婦」と「実はピアノが弾ける新郎」と「おいしい料理」が素晴らしかった、とゲストたちから誉めてもらえました(照)。私の姉は、今でも「拓ちゃん、かっこよかったなぁ」と会うたび言っています(笑)。

両親とケーキカット
両家両親に内緒で小さめのケーキを2つ用意し、自分たちのメインケーキ(少し大きめ)をカットするときに、両親を呼び出して一緒にケーキカットしました。
そして私たちがファーストバイト。それで終わりと見せかけて、「新郎新婦がお手本を見せてくれました。お父様お母様もどうぞ!!」と司会の方に言っていただき、両家両親にもファーストバイトをしてもらいました。後で「こら」と母から言われましたが、けっこう楽しそうでした(笑)。

あ、そうだ!!両家の母が、着物をリメイクしたワンピースを着ていることにお気づきでしょうか?
「留袖は疲れちゃうし、でも母親だから正装にすべきだと思うし、着物じゃ上半身が地味だし・・・真弓がそんな素敵なドレスを着るなら、私も着たい!!」と、母も着物をリメイクすることに。夫の母も「それなら私も」と、新郎と中座した祖母の着物をリメイクしました。
当日は母たちの服装も珍しいと評判で、同年代の、これから子どもが結婚する世代の親族たちに囲まれたとのことです(笑)。「若槻先生に写真を送るのなら、私たちのもね!」と釘を刺されていたのに、危うく忘れてしまうところでした・・・母に怒られちゃう(汗)。ぜひご覧ください(笑)。